これはとんでもない異世界モノですよ。
女性のみで構成されたミュージカル集団「紅華歌劇団」。その育成学校「紅華歌劇音楽学校」を舞台にしたスポ根青春ドラマ「かげきしょうじょ!!」。
言わずと知れた「宝塚歌劇団」をモチーフとしているコミックで、男役と娘役に分かれるディティール設定も一緒。
アニメで好きになって、原作コミックも一気に追いかけました。
知らない界隈の疑似体験は、職業モノ全般に通じる面白さがありますな。「ウシジマくん」で社会のダークサイドを覗いたり、「解体屋ゲン」で土建屋のリアルを垣間見たり。
紅華歌劇音楽学校では例えば、先輩が後輩と一対一のペアになって、指導役として後輩の面倒を見るしきたりがある。
これ、かつて宝塚音楽学校でも存在した、史実の伝統らしいんですよ。
これどんな「何ア様がみてる」だよ……?
主人公の渡辺さらさも、コミック版で同じツッコミしてますけど。
ただの女学校じゃない、芸事を学ぶことに特化した女の園という特殊要因も目新しいし、一桁の女児から老婆までが憧れる熱狂的な同性ファン心理も、アイドル文化とも、ロックバンド文化とも一線を画する異質の世界観。
「かげきしょうじょ!!」のすべてが、新鮮に映って興味深い。
あまりにも自分の知らない世界の連続で、もはや異世界モノと同じ立ち位置のファンタジックな距離感になってる。
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長身で天真爛漫な渡辺さらさと、国民的アイドルグループ・JPX48の元メンバーである奈良田愛(愛称は“奈良っち”)が、紅華歌劇音楽学校で同室のルームメイトになったところから物語は始まる。
左がさらさ、右が奈良っち
辛い過去から他人に心を開かない奈良っちが“とある事件”をきっかけに、さらさに心を開いていく。
これ、構図としては「HUNTER×HUNTER」のゴンとキルアっす。つまり「光と闇」の関係性なんですよ。
「辛い思い出は、楽しい思い出で上書きしていって、包みんでいけば、少しづつ薄くなっていく」と説くさらさの光に、奈良っちが闇から救われていく。
……で、だ。その後の奈良っちの、豹変ぶりがめちゃくちゃ尊い。
無表情無感情ツン状態だった奈良っちが、さらさとの距離を縮めようと、孤軍奮闘するデレ状態へ覚醒。
さらさをトイレに誘おうとして失敗、「女友達って、一緒にトイレに行く生き物だと思っていたのだけれども……」
対人スキル0の不器用さ。物語冒頭の入学式とのビフォア・アフターにニヤニヤしちゃう
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「男の居ない環境が身を置きたい」だけで無目的に入学した奈良っちが、次第に「さらさの隣に立ちたい」と、本気で歌劇に打ち込むようになる。
奈良っちが他人へ関心を向けるようになってようやく、JPX48に所属していた頃、優しくしてくれたXチームリーダーを思い出したり。
過去の悔恨もまた、愛の精神を成長させる。
そんな奈良田愛の姿に、叔父の奈良田太一の目線で感涙してしまった(外見はキモオタ君だけど)
「かげきしょうじょ!!」は、そんなビルドゥングス・ロマンが胸を打つ。
そして、成長するのは奈良っちだけじゃない。
沢田千夏が、双子の妹への妬みで一悶着起こして、嫉妬心を克服するドラマ
(アニメでは第九幕|ふたりのジュリエット)
ダイエットで苦しんだ山田彩子が、美しい歌声で復活するエピソード
(アニメでは第五幕|選ばれし乙女)
彩子の自己肯定感の低さ、昔の自分を見ているようで共感した。
お芝居の前に「上手くできなかったらごめんね」って、共演者に断りに行く自信の無い彩子が、杉本紗和に「そんな事するな」とビシッと言い返される。
彩子から映る紗和は、理想の強さ。それを対比として描いている。
「かげきしょうじょ!!」描かれる少女たちの成長が、すべてにおいて美しい
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群像劇といえば、星野薫の恋バナがアニメで見られたのも嬉しい
(アニメでは第八幕|薫の夏)
打ち上がる花火を背景に、歌いながら砂浜を走る浴衣姿。
歌声や花火の色彩など、アニメでこそ映えるシーンが、切ないけど後味の良い、淡いひと夏の恋をロマンチックに盛り上げていた。
この話に限らず、サブキャラクターにスポットを当てる原作コミックの番外編は、どれも物語に深みとコクを感じさせる。
その中で一人を挙げるとしたら……渡辺さらさに手厳しい、奈良っちの指導役である野島聖先輩。
いや~初期はムカつく女だったなっ!
さらさを陥れるための、悪意のこもった2ショット流出。
流石にないわーってドン引きしてました。
ところが原作5巻の「スピンオフ 野島聖編」。入学前の前日譚で、聖の人生が掘り下げられていて、“腹黒”の源流が明らかになる。
¥620
伝統ある紅華歌劇団100周年大運動会も、大盛況のうちに閉幕! 次は上級生である「本科生」の卒業公演がある文化祭! 例年あまり出番のないさらさたち「予科生」だけど、今年は舞台の出番があるという噂が…!? スピンオフ(愛の指導役・野島聖編)も収録!
ここで初めて、聖先輩の性格の悪さは、トップスターを目指す上昇志向の裏返しなんだと気づかされた。
さらに7巻の「スピンオフ 中山リサ編」で急転直下の急展開が起こり、卒業時に悠太にだけ見せた「凄く嫌な子になってたの」って激白。
もうね、感情が追いつかない
……ついでに言うと、ネタバレを避けてるせいで説明下手くそか。
¥660
文化祭開幕☆少女たちの音楽学校ライフ! 文化祭で発表する「ロミオとジュリエット」オーディションの結果、ティボルトの役をいとめたさらさ。一方、敗れてしまった杉本の心境は…!? さらさの指導役・中山リサの番外編も収録!!
聖先輩の嫌味な性格には、沢田千夏の嫉妬、杉本紗和がさらさに感じる負い目とは別角度の負の感情=人間臭さが凝縮されている。
負けず嫌いで、本気だからこその嫌味さ。
やっぱり、さらさの写真騒動はダメだと思うけど、自分が行き過ぎていたことを、ちゃんと自覚していたんだな……。
憎めないどころか、応援したくなる。
アニメ版だけだと印象が変わる子なので、ぜひコミックを読んで、一緒に聖先輩推しになろう!
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スポ根要素だけじゃなく、さらさのホームドラマも濃い。
さらさは幼少期に日舞を習っている時に、一回挫折してるんですね。
「女性だから歌舞伎役者になれない」という理不尽な理由で。
さらに、不在の父親も相まった複雑な家庭事情も加わってくる。
学園青春ドラマに全振りすると思わせて、ウェットなホームドラマも並行して描かれていく。
そして、歌舞伎の「何百年も受け継がれてきた技術の継承」=さらさのコピー能力が、個性を重んじる「紅華歌劇団」では否定されてしまう。
「3月のライオン」にもあった、プロの世界と家庭ドラマを行ったり来たりする、あの感覚を味わえる。
天才肌のように描かれる渡辺さらさだけど、順風満帆な天才ではなく、繰り返し壁にぶつかって挫折を経験している。
天真爛漫だけど、決してノーテンキな子じゃないんですよ。
それは「奈良っちには感情がないわけじゃなくて、感情を表に出すのが苦手なだけ」にも通じる。
そうした多面的な人物造形は、他のキャラクターたちも同様だ。
3代続くプレッシャーに押しつぶされそうになっていた星野薫や、さっきの聖先輩が良い例だけど、どの子も、表面に映っている印象がすべてじゃない。
一人のキャラクターの背景に、膨大なバックボーンが多層的に折り重なっている。だから人物描写が分厚くて、群像劇にも深みが出る。
出てくる人物たちをすべて愛おしく感じてしまう。
歌舞伎と歌劇、ホームドラマ、天才型と努力型……キャラクターだけじゃなく、物語も、設定も、多面的で、情報量が多い。
にも関わらず、読みづらさや理解不能でつっかえるところがない、読み味が優しい仕上がりになっていることにも驚かされる。
まあ、白川歌鷗さん一族はややこしいけど……!
それでもスルッと読める可読性。
キャラクターの行動原理がシンプルなので、複雑な設定でもわかりやすいって事かな?
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そういや先月、Podcastで今期アニメの感想を話しました。
「446 熱量と文字数 【2021年7月のてみたB&今期の俺の初恋の件】」
収録時点で3話まで視聴していたんだったかな? 「かげきしょうじょ!!」について、
「サクラ大戦」と「マリア様がみてる」が好きな人はハマる!
……とか底の浅い感想を口走ってますけど、そんな単純な作品じゃなかった。
アニメを見て、マンガにハマって、またアニメを見直して、マンガも読み比べて、11巻から5巻と7巻に戻ってスピンオフの野島聖編→中山リサ編を読み返しては泣き……「かげきしょうじょ!!」の無限ループ。
まさに紅華ファンが一生「紅華歌劇団」を追いかけるが如く、である。
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ちなみに、最初に連載した雑誌『ジャンプ改』(集英社)の休刊で、『MELODY』(白泉社)に移籍した経緯があって単行本がややこしい。
かげきしょうじょ!! シーズンゼロ (上下巻)
↓
かげきしょうじょ!!
¥620
「渡辺さらさ、オスカル様になります!」大正時代に創設され、未婚の女性だけで構成された『紅華歌劇団』。その音楽学校に入学した少女たちの青春が、幕を開ける──! 予科生の授業が講義ばかりで辟易としているさらさ達は、実習をしたいと講師に申し出て…?
の順番になってます
Amazonビデオ「かげきしょうじょ!!」も現在、プライム見放題入り