「ひぐらしのなく頃に」が僕等に与えてくれたもの
メーカー:07th Storming Amazon: ひぐらしのなく頃に祭(限定版)/(通常版)
「ひぐらしのなく頃に」が僕等に与えてくれたもの#この項には、すでにプレイした方には伝わるように、さらに未プレイの方へのネタバレを極力避けるように表現を抽象化しています。しかし、作品の根幹のテーマに触れていますので、これから100%作品を楽しみたい方は、読み飛ばしてください。
古くからの因習の残る、過疎といってもいい山奥に位置する雛見沢村。毎年6月の綿流しの祭りの日には1人が死に、1人が行方不明になるという怪奇現象が起こっていた。雛見沢村に引っ越してきたばかりの主人公「前原 圭一」が、そんな怪事件に巻きこまれていくホラーサスペンス。
「ひぐらしのなく頃に」という祭りの始まり
僕が「ひぐらしのなく頃に」雑感を書いたのが2004年夏。ちょうどネットでひぐらしブームが起こりつつある最中の事だった。体験版として「鬼隠し編」がまるまる一本ネットに公開されたことで、2ちゃんねるのフリーゲームスレッドで7月頃に話題となり、最初に個人サイトで取り上げたのを見かけたのは、コミケ初日にアップされたDAIさん帝国さんの同人ゲーム『ひぐらしのなく頃に』が超絶面白い!!!というレビュー。
二日後に『暇潰し編』が出るというナイスタイミングでの布教テキストでしたが、僕がこの時のコミケで買いに行った時は07th Expansionは島の真ん中で、足を止める人がいなくて山積みになっていた『ひぐらし』、領布価格は100円。今では信じられない光景ですが、ここから僕と『ひぐらし』の長い付き合いが始まりました。
「ひぐらしのなく頃に」本祭り
同年9月に同人ショップで取り扱われる事になった『ひぐらし』は、入荷即完売を2度繰り返し(関連:『ひぐらしのなく頃に』が秋葉原も含めかなりの品薄に[アキバBlog])、瞬く間に一大スターダムにのし上がっていったのだが、『ひぐらし』がなぜここまでブレイクしたのか?
当然の如くこの作品が素晴らしい出来だったからに他ならないが、この時期、つまり問題編4編が公開されて、本作の謎が膨らみきった頃合という、このタイミングが実に見事だ。「鬼隠し編」「綿流し編」「祟殺し編」と進むにしたがって謎の判断材料は増えていくが、さらに新たな謎も生まれてきて、ちょうど樹形図のようにプレイヤーが予想できる回答は枝分かれして限りなく増えていった。その枝葉の増えきった状態が、問題編4の「暇潰し編」、そう、ちょうどネットでブレイクした時期とピッタリ符合する。
作品の構造としては「目明し編」以降、魅音の謎、レナの謎、梨花の謎が次々と解かれていって、謎の樹形図も縮小され、今年の夏に「祭囃し編」が公開された事で、すべては再び一本に繋がったわけだ。
今から『ひぐらし』をやろうとする人は、「暇潰し編」をクリアしたら、そのまま「解」をインストールしますよね?続きが気になりますもん。
でも、この頃にハマったユーザーたちには「解」が存在しない。強いて言えば竜騎士07氏の頭の中にしか存在せず、非常に失礼な物言いだが彼がそのままお亡くなりになってしまったら、我々の間では『ひぐらし』は「萌えフェルマーの最終定理」として名を残したんじゃないかと(さしずめ、竜騎士07氏のPCのテキストファイルからは「私は雛見沢に関する驚くべき証明を見つけたが、このパソコンはそれを書くにはHDDの容量が少なすぎる」という一文が発見される)
まさにレイニー止めに等しい所業だが、この猶予期間が『ひぐらし』ブームを最大限に加速させる。「解」がないから、否応にも考える、思考する、謎に挑む。
『ひぐらし』が一本道のノベル作品にもかかわらず「ゲーム」を名乗っているのは、この知的な思考遊びを指す。そして自分の推論を2ちゃんねるに書く、ブログにアップする、作者にメールする。この行為によるユーザー間の共通の参加意識こそが『ひぐらし』の祭りであり、ユーザーの高揚感を煽った。
余談だがPS2の『SIREN』も意図的にネットによる情報交換で盛り上げていく事を狙ったようだが、こちらは失敗してただのヒント無しではクリアできない激ムズゲーで終わり、『ひぐらし』は成功して、ネットでの祭りにまで昇華させる事となった。
勿論『ひぐらし』は、そのクオリティの高さからいずれ話題となってブレイクしたであろうけれども、この「暇潰し編」リリース前に体験版をネット公開した事で最大級の祭り効果を上げた。この絶妙のタイミングは意図したものだったのだろうか?ぜひとも聞いてみたい。
以下の項には、すでにプレイした方には伝わるように、さらに未プレイの方へのネタバレを極力避けるように表現を抽象化しています。しかし、作品の根幹のテーマに触れていますので、これから100%作品を楽しみたい方は読み飛ばしてください。
「ひぐらしのなく頃に」が僕等に与えてくれたもの
鉈女萌え!
違う違う……いやそういう人も多かろうけれども、この作品が本当に伝えたいテーマは、「信じる心」
すでに笑い声が聞こえてきそうなほど手垢にまみれた恥ずかしい言葉、あまりにもベタで、かえって嘘臭く聞こえてしまうかも知れない。しかしすでにこの作品を最後まで終えた方なら、深い頷きが返ってくるはず。
「暇潰し編」以外の7編には、それぞれ違う事件、違う結末が訪れる。その中には、ハッピーエンドから、救いようのないバッドエンド、後少しで幸せに辿り着くところで深い闇へ落とされるものまで多種多様だ。雛見沢村に仕掛けられた謎は巧妙で複雑に絡み合っていて、読み解くのに苦労する面もある。そんな複雑な構造にも関わらず、仲間を信じられるかどうかというたった一つのシンプルなカギでそれを紐解くことが可能になっている。
自分以外の他人を無条件に信じきるというのは思いのほか難しい。例えば「何も理由を聞かずにお前の全財産を貸してくれ」と言われて、ポンと渡せるほどの信頼感(にしても即物的な喩えだなぁ)。大人になってから築く人間関係ではまずそこまでの関係にはならないし、幼い頃からの親友同士でも、「理由くらい聞かせてくれ」となるだろう。しかし、本作ではそれを越えた仲間達との強固な信頼関係無しには未来はやってこない。周りの人間を信用せずに疑心にまみれて、なんでも一人で解決しようとしても、決して幸せにはなれないことを身を持って体験できる。
つまり『ひぐらし』のテーマは性善説を元にしている、ズバリ言えば「人間賛美」と言えるだろう。
余談だが、ロマンホラー漫画「ジョジョの奇妙な冒険」もやはり「人間賛美」を根底に抱えていて、ジョジョ好きの人が『ひぐらし』にハマっている事例をネットで見かけるたびに、この共通項がそうさせているんじゃないかと思ってしまう。
娯楽作品としての「ひぐらしのなく頃に」
前述で「あれこれ推論を立てるのが楽しい遊び方だ」と書いたが、実は『ひぐらし』は推理モノとしてはかなり反則な手段を使っていて、問題編4編の段階で提供された情報では100%謎について正答するのは無理があるのだが、じゃあこの作品はダメなのか?答えはNo!
最後の「祭囃し編」まですべて終えた僕は、改めて「この「ひぐらしのなく頃に」も、間違いなくその歴史に名を刻む名作ソフトだと断言してしまう事にする。」という発言に間違いはなかったと断言できる。
宮部みゆきの初期の小説の「龍は眠る」「魔術はささやく」も、超能力だったりXXXXだったりとミステリー小説としてはズルい部分があると指摘されるが、これらの小説は単に犯人当てじゃあない、その先の人間ドラマを描き切っているところで名作たり得る評価を得ているわけで、言うなればミステリー小説じゃなくてエンターテイメント小説だ。
『ひぐらし』もそう。梨花に関わる重要人物(ヒト?)や梨花や世界にまつわる謎は、常識的な推論では導き出せないが、それが評価を下げているわけでもなく、我々を楽しませる事を主体に置いた作品としてなんら問題は無い。全部終えた感想として真っ先に思い浮かんだことは、「(上記の宮部作品のような)エンターテイメントだなぁ」だったんだが、その後の竜騎士07氏自身のコメントで「これはエンターテイメントです」とズバリおっしゃっていた。
ほんわかした美少女たちとの楽しい日々=躁と、祭りの晩に5年目の祟りとして死者が一人出ることで一転して悪意と猜疑と恐怖の日々に陥る=鬱の二重構図。「エロはギャップ」だというけれど、エンタメもギャップであり、落差があるからこそ感情が刺激されて、ドキドキして楽しめる。
「安っぽい悪役」(ネタバレ反転)と評された、とある人物についても最終話の「祭囃し編」ではかなりの文量が割かれてバックボーンについて描かれていたのも好印象。
誉めてばかりだとアレなので、自分なりにマイナス点を挙げると、全体的な荒削り感や、たまに竜騎士07氏がノリに乗りすぎて引いてしまう箇所が何箇所かあった(前にも書いたけど、野球の助っ人での相手ピッチャーの篭絡シーンや、罪滅し編のクライマックスが過剰に芝居くさくてのめり込めなかった。ただこれは感動したという声もあり、序盤の部活が伏線でカタルシスに繋がっている辺り、上手いなぁとも思ったけど)
あと個人的には、当時はなかった「萌え」の概念、つまりエンジェルモートが過剰に書かれていて、どうしても現在のメイド喫茶を想定していて昭和感がぶち壊しになってしまっていて、
そのちぐはぐさが現実世界に戻されるようで勿体無かった。これにテキストを割くよりも、昭和当時の田舎情景に労力を割いて、より世界観に浸らせて欲しかったというのが本音だけど、同人は楽しんでこそ正義。この辺の暴走パートは竜騎士07さんがノリノリで楽しんでテキストを打ってるのが見えるので、こちらが口出しする事じゃないんですけどね。
上記の点は些細なこと。ホラー・サスペンス・ミステリ・萌えの良いところを余すところなく吸収して、再構築して「雛見沢」という世界を構築したその手腕は評価されるべきことで、現にドラマCD化、複数同時漫画連載、TVアニメ化とメディアミックスがそれを証明している。2006年末にはPS2に移植されるとのことで、コンシューマ化はかの『月姫』ですらなされなかった偉業だ。
大勢の人に認められるからには、それなりの理由がある。乗り遅れた感があって今更『ひぐらし』に手を出しづらいという未経験者の方も、ぜひとも手に取って遊んで欲しい。決して損はさせないはずだし、『ひぐらし』との出会いは忘れられないものとなるだろう。
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